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カテゴリー: 推しの逸品

これまでの発掘調査や整理作業で発見・掲載した遺物や遺構の中から,「これは」という「推しの逸品」を担当職員が紹介します。

「鍛冶屋馬場遺跡(薩摩川内市)出土の刀」

鍛冶屋馬場遺跡で出土した古代の鉄製の刀は,長さ44㎝,幅2㎝,厚さ7mmで,重さは230gあります。

刃の部分だけでなく,柄の部分も多くが金属製となっていいます。また,柄は刀身に対してねじれていて,表面には部分的に木質が残っているところがあります。科学分析を実施したところ,実用に耐えうる製品であることが明らかかになりました。

遺跡内の10世紀中頃の洪水堆積層(Ⅴa層)と中世遺物包含層(Ⅳa層)の間にある包含層(Ⅳb層)から出土しており,同一層から出土した遺物も10世紀中頃~後半頃のものであることから,刀も同時期のものであると考えられます。

日本刀出現以前の平安時代の刀の出土例としては,東日本ではある程度の出土例が知られていますが,西日本では出土例は少なく,希少なものであるといえます。

「薩摩国府跡(薩摩川内市)出土の墨書戯画土器」(古代)

薩摩国府跡で出土した墨書戯画土器は,瓦が集積された中から出土したもので,土師器の底部の内外面に墨書きで絵や文字が描かれていました。

内面には,左側には笑顔で胸部を露出して戯れ舞っているとみられる人と,右側にはそれを眺める女性が描かれ,左側には「はか」とみられる仮名文字を見ることができます。

外面には,右側には扇子をもって中腰で烏帽子をかぶる人と,左側には「みずら」という髪型の人が描かれています。この当時,「みずら」は高貴な未成人男性の髪型であるため,それを見たことのある人物が描いたものと考えられます。

これらは,一筆でさりげなく描かれており,絵巻物に見られるような特徴があることから,絵師が描いたものの可能性が考えられます。また,仮名文字も書かれていることから,少なくとも10世紀以降(~11世紀中頃か)のものと考えられます。

当時の服装・髪型などについて,このような描写がなされている墨書土器は全国的にも希少であり,重要なものといえるでしょう。

なお,外面の戯画は,これまで白拍子の様子を描いたものとされてきていましたが,白拍子は12世紀以降のものとされているため,その可能性は高くないと思われます。

 

 

「小型丸底壺」(立小野堀遺跡)

古墳時代の南九州では,地下に横穴を掘って遺体を置く空間(玄室と言う)を作り,塞いでお墓とした「地下式横穴墓(ちかしきよこあなぼ)」という墓制があります。そのお墓が県内最多となる200基近く見つかったのが,鹿屋市串良町細山田(現在の細山田インター近く)に所在する立小野堀遺跡です。

墓の中の遺体を置く空間(玄室と言う)の多くは,何も入っていないか,剣などの鉄器が入っているかのどちらかなのですが,31号墓の1基のみ,この土器が頭蓋骨の近くに置かれていました。

小型丸底壺というコップの役割をする器種ですが,その中でも高さ約5㎝ととても小さく,飲料を飲むのにあまり適していません。現在でもお墓に水やお酒などの飲み物をお供えしますが,このお墓でも,遺体とお別れする際に飲み物をお供えしたのかもしれません。

 

 

 

 

「土馬」(どば)小瀬戸遺跡(姶良市)

土馬とは,馬の形をした土製品です。ピット(小さい穴状の遺構)の中から出土しました。色が黒く,頭部や尾部(びぶ)は欠けていて,頭部が大きく,四肢が短いです。また,足や背中に穴があけられており,焼成用の空気抜きの可能性があります。

鹿児島では,このような土製品が古代官道(かんどう)周辺で出土する例が多く,外来の災厄(さいやく)を防ぎ,村内の疫病を追い出し,土地神を和(なご)めるための祭祀(さいし)に用いられたのではないかと考えられています。

「馬の鞦(しりがい)」大坪遺跡(出水市)・新城跡(阿久根市)

近世の磁器製品である「鞦(しりがい)」は,馬具の一種で,馬の尾の下を通して鞍(くら)や車の轅(ながえ)を固定するための帯(緒)のことです。坂道を下るときなどに鞍が前へ滑るのを防いだり,馬車を引く際に,馬の体と轅を安定させたりします。

透明釉が内側のみにかかり,外側にはかかっていません。綱の滑りをよくするため,内側のみに釉薬がかけられたと思われます。

 

「馬形陶製品」(雪山遺跡:日置市東市来町)

陶製の馬です。足の先端以外は緑褐色の釉薬(ゆうやく)がかけられています。鬣(たてがみ)が詳細に表現されているほか,背中側の首付近と尾っぽ付近,足の先端に円形の穴があけられています。

明治25年に馬牛の供養や無病息災の祈願祭(きがんさい)として始まったとされる「湯之元馬頭観音馬踊り」に関連する資料と考えられます。穴のところに華やかな装飾を刺して鈴掛馬のようにしたのでしょう。

 

 

 

「貝塚」市来貝塚(いちき串木野市)・出水貝塚(出水市)

貝塚は縄文時代のゴミ捨て場のイメージがありますが,実はそこから多くの情報を得ることができます。

色々な貝殻や,土器,石器,動物の骨や人骨も見つかっています。動物の骨の中には熊の骨も見つかっていることから,縄文時代には鹿児島にも熊がいたことが分かります。

現在,令和7年4月26日(土)~7月6日(日)まで,上野原縄文の森企画展「古代人に学ぶ“MOTTAINAI(もったいない)”」で,市来貝塚・出水貝塚の剥ぎ取り資料が展示されています。1mの近距離で見られますので,どんなものが貝塚に埋まって残されているのか,じっくり観察することができます。

「円盤状土製品」小牧遺跡(鹿屋市)

縄文時代後期の土坑(円形に掘られた穴)の埋土上部から,同一の土器から作られた円盤状の土製品が20個ほどまとまって出土しています。それらの土器の上に,大きな口縁部片をかぶせて置いていたと思われます。

円盤状土製品の製作過程や保管状況と,当時の人々の土器の廃棄方法や祭祀・儀礼にまつわる慣習や精神文化が垣間見える数少ない例です。

※ 円盤状土製品は漁に使用する網の錘という説もあります。

令和7年4月26日(土)~7月6日(日)まで,上野原縄文の森企画展「古代人に学ぶ“MOTTAINAI(もったいない)”」で,展示しています。

『公益財団法人鹿児島県文化振興財団埋蔵文化財調査センター発掘調査報告書』(52)「小牧遺跡4(縄文時代前期~弥生時代初頭編)」第1分冊第2分冊第3分冊

土坑15号の写真

土坑15号の実測図

出土した円盤状土製品

「埋められた石皿」小牧遺跡(鹿屋市)

小牧遺跡では,縄文時代後期前半の環状に並んだ可能性がある竪穴建物跡や,土坑・集石などを伴う集落跡が,多量の土器・石器とともに発見されました。

また,国見山系の花崗岩製石皿を意図的に立てて埋めたと思われる,多数の石皿立石遺構が発見されています。

使用していた石皿の割れ口を上にしたり,長辺を縦にして意図的に立てて埋めたりしているのが見つかりました。また,複数の石皿片や礫を積み重ねている例もあり,高さを意図していたのではないかと思われます。

令和7年4月26日(土)~7月6日(日)まで,上野原縄文の森企画展「古代人に学ぶ“MOTTAINAI(もったいない)”」で,展示しています。

『公益財団法人鹿児島県文化振興財団埋蔵文化財調査センター発掘調査報告書』(52)「小牧遺跡4(縄文時代前期~弥生時代初頭編)」第1分冊第2分冊第3分冊

立石遺構28号